ぼちぼちダイアリー

とにかくなんか書いてみよう!

料理の記憶

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今日も朝から曇り空。空が3日連続で灰色なので、色が欲しくなって、買い物に出たついでに花を買ってみた。オレンジ色は元気が出るね。

花を上手に撮りたくて、何枚も撮影してみた。写真は苦手なのに、雑誌の仕事してたときは物撮りも時々やっていた。自分の撮った素人写真が使われるなんておそろしーと思いながらやっていたな。花を生けるのもあんまり得意じゃなくて、平面や立体のセンスがある人にあこがれる。

料理も複雑な工程のものは作らない上に、きれいに盛り付けようという発想がないので、いつも「いよっ男前!」てな感じの仕上がりになる。料理はするけど、特別好きというわけでもない。朝起きて顔を洗うのと同じ、日常のひとつといった感じかな。

初めて料理をしたのは、小学1年生の時だった。夏休みで、家族で母の田舎に行っていた。お昼になってお腹がすいたんだけど、ちょうどそのとき大人がだれもいなくて、サッポロ一番の袋を持って3つ年上の兄に「ラーメン作って」と頼んだら、「作り方を教えてやるから自分で作れ」と言われて(ひどいよね)、私も「まあそういうもんか」と思って作ってみたのが初めてだった。その時の兄の指示がこれ。今でもはっきり覚えている。

「鍋のこの辺まで水を入れて火にかける。危ないから、火だけはオレがつけてやる。鍋が煮立ったら麺を入れて、それから100数えるんだ。数え終わったら火を止めて、スープの粉を入れたらできあがりだ」

「100数えろ」って、いかにも理系っぽい個性が出ていて笑える。私だったら「時計の針があそこまで来たら」って教えるな。さて、こうして出来上がったラーメンは水を入れすぎてしまい、スープの色が思っていたより薄くなってしまった。でもちょっと誇らしい気分で、ナミナミになったどんぶりをソロソロと運んだ。薄味のラーメンを食べながら、次はもう少し水を減らそうと思ったことを覚えている。

私の家は当時は少数派だった共働き家庭で、私は小学5年生の頃から家族の夕飯も自分で作っていた。といっても、大抵カレーかシチューだったけど。中学と高校のお弁当も自分で作った。私の母は家事がとても苦手な人で、特に料理はやばかった。いやもう、あれは伝説。母の手料理というと、苦笑いとともに、やばい思い出ばかりが浮かぶのだった(お母さん、ごめん!)。

そういえば去年、闘病中の母と大人げなく親子ゲンカをしたことがあった。介護で忙しかった私が「お腹すいたから、これからご飯を食べる」と言って簡単な料理を作り始めたら、それを見ていた母が「かっこつけてないで早く食べなさい」みたいなことを言って怒り始め、私もカーッとなって「私のどこがかっこつけてるわけ?」みたいな言い争いになったのだった。母は忙しい時は台所で立ったまま食事をかきこむという、戦国武将のようなことをしていた人だったので、私がおなかがすいているくせに料理を作ってお皿に盛って座って食べるというのが、まどろっこしく見えたのだと思う。戦争中に苦労して育って、モーレツに働いて高度経済成長期を支えながら子供4人育てた人だからなあ。私を「かっこつけてる」と怒ったのは、自分の子供を空腹から救いたいという愛からだったと思うけど…相当風変わりな母だった。

料理の話から、思い出ぽろぽろ。なつかしや。

 

今日の空も一面グレー。でもよく見ると、いろんな色が混じっていているよう。

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