ぼちぼちダイアリー

とにかくなんか書いてみよう!

はやる心と動かぬ体

早朝、電話が鳴った。90歳の伯母が入っている高齢者施設からだった。朝の5時半。ドキン、と胸が鳴る。一瞬、最悪の事態を想像し、呼吸を整えてから話を聞く。どうやら、明け方に一人で車いすに乗ろうとして転んでしまったとのこと。骨折しているかもしれないので、救急車で病院で搬送することになったのだという。

よかった、と胸をなでおろす。一瞬頭をよぎった最悪の事態ではなかった。

しかし、どうしてそんな時間に一人で車いすに乗ろうとしたんだろう。どこに行こうとしていたのか。なぜ、いつものようにヘルパーさんを呼ばなかったのか。そんな疑問を抱きながら、急ぎ病院へと向かった。

 

救急外来の待合では、かなり長い時間待たされた。ようやく分かった検査の結果は、膝のあたりにひびが一本。ポッキリ折れてしまったわけではなかったことは不幸中の幸いだった。とは言え、2カ月ほどは絶対安静になる。

伯母は去年の1月に自宅で転倒し、最初の病院に3カ月、次のリハビリ病院に4カ月入院していた。9月の初めに退院して今の高齢者施設に入り、やっと新しい生活に慣れてきたところだった。骨折以来、とにかく寝たきりになるのを恐れていて、自分の力で歩けるようになることにとても意欲を示していた。それなのにまた骨折…。

私が「どうして一人で車いすに乗ろうとしたの?」と聞いたら、「それが全く覚えていないのよ」と言う。本人曰く、何かの拍子にベッドから落ちてしまったとのこと。とはいえ、ベッドには落下防止の柵もちゃんとついていたから、自分で何らかの意思を持って動いた結果なのだと思うんだけど。

入院する必要はないとのことで、ストレッチャーのまま介護タクシーに乗って施設に帰った。伯母の居室は今までの「元気な人向けフロア」から、「もう少し介助が必要な人向けフロア」に変更になった。

 

伯母にきちんと会うのは2カ月ぶりだった。やっぱり2カ月という時間は一定の長さがあって、最後に会ったときよりも幾分小さくなって、言葉も出づらくなっていた。絶対安静という自分の状態が分かっているのか、ちょっと不安になるシーンもあった。伯母は最近使い始めたハイテク歩行器がいたく気に入っていた。スタイリッシュなデザインもなかなかにカッコいい一品だ。伯母がそれを使って今日にも歩く気満々なのが会話の端々から伝わってくる。そのたびに「あのね、しばらくは歩いちゃいけないんだよ」と制する私。もしかして、早朝にベッドから這い出してしまったのも、歩きたかったからじゃないのかな…。

 

年を取るって、どんな感じなんだろう。多分、気持ちは若い頃のままなんだろうな。だからその感覚で動こうとして、でも思った以上にカラダがついていかないのだろう。ずいぶん前、街でノーベル賞を取った小柴博士を見かけたことがあって、まさにそんな感じだったのを覚えている。子供みたいにキラキラした瞳で前を見て、そこに行こうとしているんだけど、思い通りに動かないカラダに好奇心の行方を邪魔されているように見えた。

きっと私の伯母さんも、キラキラした瞳をしながら、少しずつ少しずつ小さくなっていくのだろう。その姿に私は人の一生を学ばせてもらっている。

 

そんなわけで、7時に帰宅し眺めた残光。かすかな色合い、遠くの灯が美しい。

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